IKAメーター 〜集団ストーカー&電磁波攻撃〜

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zoom RSS 妹の話

<<   作成日時 : 2011/06/02 00:33   >>

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2年ほど前、親戚から「妹は死んだよ」との報告を受けました。わかるよね?的な感じです。
どういう死に方なのか詳しく聞いていませんが、ロクでもないことは察しがつきましたし、深く聞くことは止めました。
集団ストーカーに気づく前ですから「もう終わったこと」でもありました。


10年ほど前になります。
私は家族ともほとんど交流、干渉しないようにして神奈川で一人暮らしをしていました。

姉が亡くなり(これはまた今度書こうと思います)、姉にべったりだった妹は、一念発起しようと思ったのでしょうか、単身東京に出てきて夜の仕事をしていたようです。
部屋を借りるために、迷惑をかけない事を条件に連帯保証人になってあげました。
場所は偶然か、今努めている会社のある駅と同じです。(後にこの場所がいかにヤバイ地域か思い知ることに…)


あるとき、警察署から電話がありました。
焼身自殺未遂や暴れたなどで確保されたようです。

署へ面会に行ったときの彼女の「怯え」はとても印象に残っています。
当時は、「こいつは気がふれたんだ」としか思っていませんでしたが、今はその怯えが何だったのかよくわかります。

その後は私が引き取るか、国の保護で入院かの二択でしたから、家裁で同意し、救急車に乗り込み搬送、トントン拍子で精神病院送りです。
このとき、「こいつら緊急車両はサイレンなど不要なのに好きに鳴らして爆走してるな」と思ったものです。
(ノイズキャンペーンをされるたびに思い出します)

尻拭いや各種手続き、面接などお金も時間も吸い取られ、妹には「面倒掛けやがって」という感情しかありませんでした。
私自身も当時は生き辛さにささくれ立っていたのです。
彼女の部屋にあった膨大な荷物は実家に送りました。

1年かからないぐらいで退院したと思います。 彼女は実家に引き取ってもらいました。
その後、私に対して宝石などを盗っただの言ってきていました。
おそらくは、妹の荷物を実家に送った時に引っ越し業者が盗ったか、最初から存在しない物を私が盗ったかのように吹き込んだ、分断工作かと思います。

その後は生活保護を受けて過ごしていたようです。

それから5〜6年、私が引っ越しや電話を変えてしまったせいもあり、妹が死んで半年くらい経ってから、親戚からそのこと報告を受けました。


このことから2年ぐらい経って、現在に至ります。
集団ストーカーに気づいたのは2か月前、もっと早くこのことに気づけていれば…。

守ってあげられたかどうかはわかりませんが、
妹の置かれていた状況を理解してあげられなかったことを、とても後悔しています。

おわり。

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